長崎の誘惑
長期入院になると、とにかく心配なのは仕事です。
体はいくら心配しても自分ではどうにもならず、医師や看護師さん次第なので所詮人任せ、でも仕事はそうはいきません。
取引先の方は、メールや電話で “ゆっくり療養なさってください” などとやさしく言ってくださいますが、その裏では新たな発注先を模索しているかもしれない。
退院したはいいが取引が切られていた、なんてことになったら目も当てられません。
そこで、姪っ子(高2)に手伝わせることにしたわけですが、「ももいろクローバーZ」しか能がないと思っていた彼女でも意外と役に立ち、放置状態だった仕事が徐々に片付きだしました。
手伝うといっても、資料や郵便物などを放課後病室まで持ってきて、すでに処理済のものを取引先に送るだけの極めて単純な作業ですが。
あとは雑用がちょこちょこ。
それでも、今の私にはそれすらできないので、非常に助かります。
取引先からのレスポンスもよくなってきたので、これでなんとか退院までかわせそう、よかった、よかった、と思っていたら、ある取引先からのメールに、
“ずいぶんと可愛らしい事務員さんを雇われたんですね”
との一文が。。。
え?どーゆー意味?
ウチに来たのか?姪っ子に会ったのか?それとも電話で話したのか?
アイツが事務員のフリでもして対応してるのか?
いや、取引先には私が入院中であることは周知してあるのでそれはない。
だいいち、アイツはお世辞にも “可愛らしい” なんてタマじゃない。
そとづらは異常にいいけど。
でも、原因は絶対アイツだ、それしかあり得ない。
一体全体何をした?勘弁してくれ!
いつものように姪っ子が病室に顔を出したので、問い詰めました。
鼻歌歌いながら、手伝った件数がメモしてある手帳をニヤニヤと眺めている彼女に、
「お前さ~、なんかした?」
『なにが?』
「取引先の人と話しとかしてない?」
『んーん、なんで?』
「絶対なんかしたよ、余計なことやってるだろ」
『してないし、シール貼っただけだし』
「へ?シール?」
『封筒にももクロのシール貼っただけ』
「えーーーーー!お前にあずけた封筒にか?」
『そーだよ』
「なっ、、、どこに送ったやつ?」
『全部』
・・・・・。
ぎゃーーーーー!
何してくれてんの!
遊びじゃないんだぞ!
お前もう高2だろ!
一応仕事だってことわかんないのか!
バカか!
血圧上がる、殺す気か!
「シールってどれ?どこに貼ったの?」
『これ』
「何これ?」
『ももクロ大冒険のシール』
「ん?」
『ゴールデンウィークに行ったイベントの』
「あーあれか、これももクロなの?」
『どー見ても、ももクロだよ』
「こんなカワイイやつどこに貼ったんだ?」
『封するとこ』
「せっかく買ってきたのにもったいないだろ」
『シールは貼るもんだし、いっぱいあるから』
「それにしたって、、、」
『“おっちゃん” の封筒地味だし、ずっと仕事休んでるから印象良くしといたんだよ』
「はい、そうですか、もうこんどっから絶対やめてね」
『・・・』
コ、イ、ツ、、、。
どうやら、取引先に送るよう彼女に預けた封筒すべてに封印よろしく「ももクロ」のステッカーを貼って出したようです。
送り先すべてに事情説明と謝罪のメールを送っておきました。恥ずかしい。。。
まったく、本当に何を仕出かすかわからないヤツです。
体がだるいのなんてどこかに吹っ飛んでしまいました。
そして、用が済んでさっさと帰るのかと思いきや、何か言いたそうにしている。
「他にもなんかやった?」
『ちがうよ』
「じゃあ、さっさと行けよ」
『・・・・・』
「なに?」
『“おっちゃん” 、、、長崎行きたいよ...』
「え?」
言葉を理解するのに数秒かかりました。
えぇぇぇぇぇ!!!長崎?
聞けば、9月末に長崎でおこなわれる「クローバーEXPO」なるイベントで「ももクロ」がライブをやるのだそうです。
来週からチケット先行受け付けだそう。
長崎は、幕末好きの私としてはいつかは行ってみたかった憧れの地。
行くならしっかり観光もしたい。
えっ!おいおい、行く気満々?
うーーーん、悩む。
「ももクロ」のライブと長崎観光なんて、どう考えても魅力的過ぎる。
姪っ子の両親は共働きで、夏休みだろうがなんだろうがいつも彼女をほったらかしにしているので、その代わりと言って上手く説得すれば許可するでしょう。
でも、仮にチケットが取れても、もし私が結局その頃までに退院できなかったら、誰が彼女を連れて行く?
母親は多分無理。父親はもっと忙しいのでなおさら無理。じいさん、ばあさんは問題外。
そうなると、誰も連れて行けません。
だいいち、正直そんな先のことまで考えている余裕はありません。
今は、西武ドームで頭がいっぱい。
でも、長崎は、、、。
とりあえずじっくり考えて返事することにしました。
幕末の志士たちが確たる信念を持って、明に暗に躍動した彼の地に、一度でいいから立ってみたい。
とんでもない地を突きつけてくれたぜ、「ももクロ」ちゃん。