鉛の風船

ロックです ジャズです ぼんくらなおっさんです

運命の前哨戦 終了

私は、外出するとこれがもう奇跡的なほどによく知人と出くわします。
自宅のある田舎町ならまだしも、我群馬県の中心地である高崎や前橋でもです。
いくら人口の少ない我県でも中心都市には当然のごとくそれなりに人は集まってくるので、偶然誰かと出くわすなんてことはそうそうないはずなのですが、それでも待ち合わせでもしていたかのように、会ってしまうのです。

そして、その中には当然会いたくもない人物もいるわけで。

 

訳あって、そろそろ50にも手が届こうかというおっさんが突如とち狂い、もう何年も会っていなかった、と言うより、社会に出てからはそれこそ偶然会うくらいしかほとんど接点のなかった女性への淡い憧れを再燃させ、そのピアノ教室の講師である彼女を “メガネちゃん” と称し、勇気を振り絞ってコンタクトを開始したのですが、これが初っ端から邪魔者が現れたりして、前途多難。

ちょっとキモイ?
ちょっとアブナイ?
いいんです、いいんです。
どんなに取り繕ったって、カッコ付けたって、要するに “会いたい” “とにかく会いたい” “こちらを振り向いて欲しい” なんですから。

ふつー惚れたらそうでしょ。

 

で、意を決してメガネちゃんのピアノ教室へと入会申し込みに行ったわけですが、そこで思いもしない人物に出会ってしまったのです。
いや、人物なんてもんじゃない。

高校時代からの悪友の次男坊 “たく” 。
小学校3年生、だったはず。
絵に書いたような悪ガキ、いや活発で、負けず嫌いで、賢くて、明るい、、、少年。

 

彼の親である悪友の家は、代々農家をやっていて、私は何かと理由をつけてはよく遊びに行っていました。
ですので、当然 “たく” は生まれたときから知っています。

彼が物心付いた頃には何故か私に懐き、ポケモン遊戯王だと本人ですらほとんどルールをわかっていないカードゲームに散々付き合わされたり、ベイブレードをマジでチューンして徹底的に負かして泣かせたり、とにかくよく遊んでやりました。

小学校に上がった頃には、私の顔を見れば何かと勝負を挑んで来るようになり、面倒くさいので真剣に相手をしてとことんやり込め、いつも大泣きさせていました。

その内、私には敵わないと判断したのか、時折一緒について行っていた姪っ子(高2)にも矛先を向け、さすがの彼女もあまりのしつこさに相当往生していました。

 

そんな “たく” が、メガネちゃんのピアノ教室にいたのです。
しかも、彼女に向かって、あろうことか、

 

『このおじさん、とうさんの敵です!』

 

などと言い放つ始末。

 

当然、メガネちゃんは戸惑い、

『敵???』
「あ、いや、あの、コイツの、いや、この子の父親とは友人で、よく酒飲んで言い合いしてたんで、それで勘違いしてるだけだから」
『じゃ、知り合いなんだ』
「知り合いってゆーより、コイツの、ああいや、この子の(めんどくさい)父親のとこに行けばいるから」

と、取り繕うのに必死。

 

『“たく” くん、むやみに人を敵だなんて言っちゃダメだよ』

 

う~ん、いい人だーーー。
あなたが音大生だった頃、学際に協力するために何度か会ったよね、全然変わってないね、いやむしろ益々、、、

 

『だって、とうさんとケンカするし、オレもいじめられる』

 

くぅぅぅぅ~、お前ー、ニヤニヤしながらそれを言うか!

 

「あっ、だからこの子の父親とは何でも言い合える仲なわけだし、この子も遊んでやってるだけだから」
『“たく” くん!お母さんのお迎え、もう少しかかるみたいだけど、静かに待ってようね』

 

そして、ようやくヤツが離脱し、先生との平和な時間が訪れたのです。

テーブルで、入会申込書にサインし、、、手が震える、、、入会金はないとのことなので、とりあえず初月の月謝を前払いし、今後しばらくは毎週のように彼女と約45分間個室で会うことができる確約を取り付けたのです。

 

『でもなんで、今ピアノ?』
「ん、ああ、せっかく少し弾けるのにこのまま年取って忘れちゃもったいないと思ってさ」
『そんなこと考える歳じゃないでしょう、でも嬉しい』
「そお!?」
『うん、でもなんか痩せたよね、前から細かったけど、もっと』
「夏ごろちょっと病気して」
『そうだったの?○○さん(我妹)何にも言ってなかったよ』
「アイツはそういうヤツだから」
『そんなことないよ、やさしい人だよ、ここ開くのだって随分お世話になったんだよ』
「へーーー、アイツが、、、」
『あっ、入会した人にはレッスンバッグ、プレゼントしてるんだけどどっちがいい?』

 

と言って、目の前に差し出されたのは、可愛ーーーい絵柄の “パンダさんバッグ” と “ウサギさんバッグ” 。
うーーー、これを持って教室に入り、同じバッグを持っている子供たちと並んで腰掛け、自分の番を待てと?

いや、彼女と会えるなら、何でも平気、なんなら姪っ子がウチの近所の洋裁屋に頼んで作らせた “ピカチュー” の着ぐるみ着て来ようか。

 

「ネコないんだ」
『あー、ないんだよぉ、そうだ!猫好きだったよね』
「いまだに、、、」
『“さな” ちゃんだっけ、元気?』
「そんわけないだろ、とっくに死んじゃったよ、でも21年生きた、今は “りょう” っていうはねっかえりがいる」
『ウチはねロップイヤー、カワイイよ、、、どうする、じゃあ、いらない?』
「ウ・サ・ギ・さ・ん・で!!!」
『はい、どうぞ、可愛がってね』

 

何このドラマでもバカバカしくて誰も観ないようなやり取り。
書いてて恥ずかしいよ。
でも心地いいよ。

彼女が声を発するたびに、後頭部から首筋にかけての辺りが、のわ~っとして、前頭部から側頭部、耳、顎、喉、鎖骨から肩、そして肩甲骨に至るその辺一体が、んずんずしてなんとなく暖かく、このまま夢の底に落ちてしまいたい気分になる。

 

『じゃあ、来週の土曜日お待ちしてます』
「はい、、、」
『まだレッスンがあるんで、今度ゆっくり話そ!』
「はい!!!」

 

こ、今度ゆっくり、、、?
話そ、、、?
ぐへへへへ。。。

 

幸せな時間はあっという間に終わってしまいましたが、確実に前進はした?と勝手に思い込んでいます。

 

そこへ、

『おじさん、送ってってよ』

“たく” です。

「かあちゃん迎えに来るんだろ」
『来ない』
「ん?どうした?」
『○○のおじさんがいるって電話したら、おじさんに送ってもらえって』
「ぐっ、、、、、お前な~、どんな親子だ」

 

この一点、“たく” 、こいつの存在さえなければ、素晴らしい一日でした。

 

レッスン初日は、今月10日。
楽しみ過ぎて、その日が訪れるまで、毎日が遠足前夜の気分です。

 

この後、車内で “たく” と恒例の口喧嘩をし、着くと悪友が待ち構えていて、退院祝いと言って、飲めないのに無駄に豪華なご馳走をふるまわれ、結局、ひとり酔っ払った悪友を相手に “たく” がばらした諸々に関して喧嘩腰の言い争いをし、深夜にクタクタで帰宅したのでした。

 

前哨戦終了、次は、本戦です。