ケサランパサラン
先日、id:okko326 さんの このエントリー を拝見して、無性に「We Are the World」のビデオが観たくなり、どこかにビデオテープがあったはず、でもデッキがない、いや、近所中探せば誰か持っているはず、踊りとか(何の踊りだかよくわからん)やってるばあさんは今だに現役で使っているかもしれない、使わずとも後生大事にしまいこんでいるじいさん、ばあさんもきっといるはず、ということで、デッキは他人に期待してとりあえず、押入れだ物置だと引っ掻き回して「We Are the World」を探しました。
そして、なんとありました。
でも、、、VHSではなくてVHD、、、。
VHD、、、ディスクです。
覚えている人、いますか?
デッキ買って、ソフトが充実するのを期待に胸膨らませながら待っていた方、きっといますよね。
当時関わった、音響機器メーカーや家電メーカー関係者の方々にとっては思い出したくもない黒歴史でしょう。
事実、私の友人がそう。
以前私が勤めていた楽器屋でも少なからず痛い目を見ました。
そして、私自身も。
ダメだ、、、VHDデッキなんて誰も持ってっこない。。。
で、、、それはまあいいのですが、物置の奥を引っ掻き回しているとき、文庫本くらいの古いシミだらけの桐の小箱を見つけたのです。
ふたの上にうっすらと日付が見て取れる。
相当古そう。
振ってもわずかにササササ音がするだけ。
小箱は、パッと見、しっかりと組まれていて、木地もシミで汚れている以外は今だ現役に思える。
お!なんだか秘密の匂いがするぜ、金目の物見つけちゃったか?
この前、貴金属買い漁ってたニーチャン、カムバック・プリーズ!
邪悪モードをひっそりと発動し、その場で慎重に開けてみると、
なんだ、これ???
白い粉のようなものが、底のほうに、固まったりバラけたりしながら入っているだけ。
匂いを嗅ぐと、かすかに香る。
今は亡き祖母の部屋で嗅いだことのあるような、妙に懐かしい香り。
はいっ!そうです、“白粉” の粉でした。
母に見せたら即答。
しかし、問題はそこではない。
なぜ、こんなしっかりした桐の小箱に、わずかばかりの白粉が?
これもなんと母が即答。
『お前がなんか飼ってたろうが』
へっ???飼ってた???私が???
桐の箱で?白粉の中で?
飼ってたってことは、生き物がいたの?この中に?
??????????!
「あーーーーーっ!!!!!飼ってた!」
思い出した!“ケサランパサラン” だ!!!!!
あれはいったいなんだったんだ?
思いっきり思い出しました。
桐の箱で飼えとか、餌は白粉だとか、確か何度も覗いてはいけなかったりしたような、、、。
タンポポの綿毛がフサフサになったようなヤツ。
どんなに粉をほじくり返しても、その痕跡すら残っていませんでした。
カオスを極めた高度経済成長時代、原色の昭和、本当に面白いもの流行りました。
他にも「紅茶キノコ」とか「シーモンキー」とか。
そういえば、小学生の頃、学校の裏門には、毎週のように的屋が1店陣取っていて、バカな子供のわずかな小遣いを搾取していました。
私が見た最初は、確か男子にとっては宝石にも匹敵するクワガタやカブトだったと思います。
しかし、そんなのそこらの森にいくらでもいたのでまったく売れず、しまいには的屋のおじさん、何処で獲れるか子供に聞く始末。
きっと後日、極上のブツを仕入れに我が地元の森へと分け入ったことでしょう。
みんなが最初に狂喜したのは、たぶんヤドカリです。
自分の拳をはるかに超える巨大なのもいて、みな羨望の眼差しで見ていました。
“ヤドカリは成長が早く、拳大になるのに半年もかからない” と言われ、みなこぞってちっこいヤドカリを買わされ、親にウソだ、だいいちそんなデカイ貝殻どこにあんだ、と怒られ、おじさんに抗議に行くともうすでに撤収済み。
そして、一大ブームを巻き起こしたのが「カタヌキ屋」。
表面がキズだらけ、ガタガタな長机を落ち着かない道端に置いてやらすもんだから、成功するヤツなんてまずいない。
ヌキの道具なんて、錆びて先端がナマり放題ナマってる。
ならば、と家から裁縫針をくすねて持ち込むと、それはルール違反だと追い出される。
後に縁日などで見かけたのは、ヌキに成功すると何か貰えるとかなっていましたが、そのときは多分、同じ値段でもっと大きい型が買える、とかいうルールだったような気がします(違うかも、よく覚えてない)。
要するに成功しようが失敗しようが永遠に金はとられるわけです。
先生も一緒にやってました。
その後も「安っぽい手品の玩具」とか「海ほおずき」とか。
「手品の玩具」は買うとタネを教えてくれるのですが、それを知りたさにみんな買うもんだから披露しても誰も驚かない、「海ほおずき」に至っては結局鳴らすことすらできませんでした。
そして、子供らが抗議に来るであろう、絶妙のタイミングでいつもいなくなる。
やがて少しして、“この前のおじさん?ありゃダメだ、おじさんは本物しか売らねえからな” とか言って、新たな的屋が現れる。
でも、いつだったかはまったく記憶のないある時期に、彼らはぷっつりと来なくなりました。
PTA、学校、警察、いずれかに圧力をかけられたのか、それとも別の理由か、それは今もって不明ですが、しばらくは、授業が終わると裏門に素っ飛んで行きガッカリするという毎日が続きました。
そんな、ある時、私たちバカな子供は、気付いたのです、
毎週来てたおじさん、実は、全部同じ人だったんじゃね!
と、、、。
散々、適当に言いくるめられ、たかだか田舎の子供のわずかな小遣いを掠め取られたけど、楽しかったし、いい社会勉強だったような気もします。
今の子供たちは非常に頭がいい、マセてもいる、でも、それを逆手に取った大人たちに、相変わらず掠め取られているような気もします。
それが、楽しくて、わずかながらでも社会勉強になっているのならまあいいけど、でも、親に、頭を抱えさせてしまうほどの負担を強いるのはどうかと思うぞ。
「両津勘吉」大先生が言ってたろ、“子供はだまされる為に存在する(うろ覚え)” と。
“今朝ラン、派去らん(ケサランパサラン)” 、半分に切って変換したら最初の候補はこうなりました。
id:okko326 さんにならってみた。
んふふふふ。
他愛無い話、失礼いたしました。
姪っ子(高2)の「ももクロ」天使コスは、私のカスカスな目で見てもナカナカな感じで仕上がりつつあるようです。
でも、あんなの、もし妹(姪っ子母)にバレたらソッコー、ダメ出し食らうような気がして仕方ありません。